時代と共に変化してきた栄養学
20歳で学校を卒業してから、85歳になる現在まで、栄養士として様々な活動をしてきました。もともと、栄養士になりたいと思ったきっかけは、高校の家庭科の先生が好きであったのがきっかけです。色々な家庭科の基礎を教えてくれた、とても素敵な先生でした。この先生に憧れて家庭科そして栄養学の門をたたいたのかもしれません。
実は私は日本のごく初期の栄養士なんです。私が栄養士になった、今から65年前は、栄養学というと『成長のための栄養学』でした。というのも、そのころ日本で流行っていたのは結核という病気だったからです。
日本の病気の歴史をたどると、江戸時代は脚気(かっけ)が流行していました。これはいわゆる栄養不足によっておこる病気です。つまりこの頃は飢餓の時代だったんです。平均寿命は50歳、粗食でも生きていける体質を作ったのはこの時代だったと思います。
そして、結核が流行しはじめます。私が栄養士になったころは、この結核を撲滅するための栄養学というのを学んでいたんです。結核患者が少なくなってくると、増えてきたのが、動脈硬化などの生活習慣病です。
これは、高血圧や糖尿病などのいわゆる血管病なんです。こういった時代と共に変化してきた病気に対して、私はずっと栄養士・管理栄養士としてかかわってきたんです。
40年の現場経験を育成に活かす
栄養士としての仕事以外に、大学などで栄養士を教育するということを40年以上やっています。教育者として大切にしていることは『現場を知る』ということです。
私は大学で教授として教育をしながらも、病院に栄養調査をしに行ったり、病院で開催している予防医学教室に参加したり、研究会で栄養素の研究をしたり、栄養相談を含めあらゆる『現場』で勉強や研究をしてきたんです。
例えば、以前こんなことがありました。大学で働いている時に、ある医者の方から「なんで茄子は発がん抑制力強いんだ?」という質問があったんです。私は、「そんなことはわからない」と思いながらも、「もしかしたら紫の色素が関係しているかもしれない」と答えたんです。
というのも、今までの経験から、茄子のヘタの塩焼きを粉末にすると、歯槽膿漏に効くことをに効くことを知っていたからです。この助言が実はポリフェノールの発見に繋がったんです。現場を知っているからこそ、出てきた言葉だったと思うんです。
流行りの生活習慣病は、今や医者が薬だけで治せるものではなくなってきました。医者の薬を飲んでも、治らなかった生活習慣病の患者さんが、私が配合した栄養食で少しずつ良くなった方も沢山いらっしゃいます。だからこそ、今の栄養士さんには、学問だけでなく、現場経験を大切にしてほしいと強く感じています。
食事という細胞修復の為の作用を使い『食文化』に乗せて届ける
私達、管理栄養士が出しているものは、外から見ると『食事』でしかありません。しかし、私達は栄養学、血液学、食事学、料理学に基づいて栄養素を考え処方している感覚なんです。医者が薬を処方する、それと同じように私たちは『栄養素』を病的細胞に合わせて処方しています。
しかし全く違う点があります。それは『食事は”楽しみ”である』という点です。例えば医者は何か病気があったときに薬を出しますよね。薬は毎日同じものを飲むわけですから、特別配慮する必要はありません。
しかし、私達はそうはいきません。だって毎日同じ煮物を出すわけにはいかないですもんね(笑)毎日同じでいいのは主食くらいです。そういったところを考えながらも、患者さんの様子を見ながら次の治療食を考えるのです。
食事というのは私達の生活の一部です。つまり『文化』と呼ばれるものですが、栄養学はあくまでも病気を治すための『治療法』です。例えばサラダにかける油1つでも、胃潰瘍の患者さん、動脈硬化の患者さん、糖尿病の患者さんで消化吸収の差があるので違ってくるんです。
菜種なのか…胡麻なのか…、胡麻の配分を調整したものなのか…この部分で病態との闘いを行っているんです。同じお味噌汁でも、患者さんによって旨味成分の種類を考えます。塩分はどのくらいなのか、みそは白みそ、淡色・赤みその何を用いるか、食文化を使いながら病気に対して栄養素配分をしていっているんです。
ふくろの菓子ではなく、おふくろの味
今の日本の健康課題を考えると、一番に問題だと思うのが子供の約60%がアレルギーを持っているということです。この原因はまさに『袋の菓子の味は知っているけど、お袋の味は知らない』これだと思っています。食品添加物は、1回食べたからと言って身体に何ら影響はありません。しかし、これが積もりに積もっていくと、身体の各細胞に悪影響を与えてしまいます。
今は食文化がとても発展しており、様々な調理法が開発されています。しかし、アレルギーを持った子供が増え、生活習慣病や糖尿病の患者さんが増えているのが事実です。先程もお話ししたように、こういった病気には『栄養食』というのが大切だということがわかってきています。
しかし、難しいところは、この栄養食は、ある一面から見るとただの『食事』というところです。正しい栄養素を配分した、身体に良い栄養食を摂るということが、伝わらないと、ただの『食事』として捉えられてしまい、代替品としてコンビニ商品を買ってしまったりします。
(五十嵐さんが活動拠点としている大地の里の様子)
管理栄養士がすることで、はっきり言えることは、良い食べ物が細胞を治すということです。でも、すぐに痛みを止めるわけではありません。1つの細胞を作るのに3~4ヵ月かかり、元気になった細胞が免疫力を作ってくれるんです。
そういう正しい知識を持って、経験を持った管理栄養士を沢山増やし、日本の健康課題解決に向けて、これからも取り組んでいきたいですね。
(取材協力)
五十嵐桂葉(いがらしけいは)
1933年愛知県名古屋市出身。保健学博士、鈴鹿医療科大学特任教授、NPO法人ベタニアホーム副理事長ほか多数の要職に就く。名古屋市立女子短期大学を卒業後、東京大学医学部保健学科に内地留学。日本栄養士会理事、愛知県栄養士会名誉会長、愛知江南短期大学名誉教授などを歴任。食生活、料理・調理法、高齢化社会と食などを研究テーマとし、食のイベント企画や教育現場で実践指導。
村山弘美(むらやまひろみ)
自然食品とファスティングのお店 SOWELU(ソエル) 代表 / 管理栄養士
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